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スノーシュー無くした

 時計を見ると13時半になっていた。日没までには、まだ3時間ほどある。さてここからイブネの山頂までどのルートを辿ればいいか、地形図を見ながら思案する。
 御在所岳は、鈴鹿山脈の中でも名の知れた山だから、誰でも知っていると思うが、「イブネ」といわれると、それが山の名であることが分からないだろう。イブネは標高が1160mの山で御在所よりも西側にあるので、三重県側の平野部からは望めない山だ。だから登ろうと思っても、まずは鈴鹿山脈を乗り越えて一旦下り、もう一度登り返して頂上を目指すことになる。随分とアプローチが長いので、日帰りで山頂を往復するには、骨の折れる山である。ましてや積雪期には、日帰りで山頂を往復することは、よほどの健脚でないかぎり難しいだろう。だからこそ、困難を承知で積雪期に挑戦したくなる山である。
 朝明のキャンプ場を出発したのは、朝の9時を少し過ぎていた。積雪は数センチほどあり、テントなどの装備が入ったザックの重さは20キロほどになっていたので、思ったように進めない。夏場だと、鈴鹿山脈を越える「根の平峠」までなら1時間ほどの行程だが、冬場の積雪期になると、この距離を歩くのに2時間もかかってしまった。
 さてここからは、トレース(人が歩いた跡)がまったくない。誰もここから先へ行っていないということだ。雪はさらに深くなり、そのままでは歩けないので、スノーシューを装着する。これがないと重いザックを担いで雪の上を歩くことはできない。まっさらの雪面を自由に歩くのは実に気持ちが良い。しかし思ったようには進めず、時間ばかりが過ぎていってしまい、イブネのふもとに到着したのは13時を過ぎてしまっていた。日没までにはもう3時間ほどしかなく、それまでにはなんとか山頂へたどり着き、テントの設営をしなければならない。このまま登山道を進めば歩きやすいが、距離があり時間がかかってしまうので、ここから直接山頂を目指すことにした。傾斜はかなりきついが、最短距離になるので時間は短縮できるはずだ。スノーシューをはいていても、柔らかい雪に何度も足を取られ、ずり落ちてしまう。必死の思いで登ったが、山頂の手前30分ほどの所で、日没になってしまった。少し平らな所があったので、そこにテントを設営し、明日の朝に山頂を目指すことにした。暖かいものを食べてシュラフ(寝袋)に潜り込み眠りにつく。
 朝起きて外をのぞくと、ガスがかかったように真っ白で、視界が20mほどしかなかった。山頂で日の出を見ようと思っていたが、残念ながら見ることができなかった。仕方なく、なだらかな丘のようになっているイブネの山頂付近を、スノーシューをはいて散策をしてみるが、ガスで何も見えない。ホワイトアウトとはこのことで、方向を見失うと迷子になってしまうので、コンパスを頼りに行動する。しかし、苦労してたどり着いた山頂だったので、普段の日常生活では得られなかった充実感を感じることができた。
 帰りは当然下りになるので、歩くのは楽だ。斜面を滑るように降りればいいので、スノーシューはいらない。ザックにくくりつけて一気に斜面を下ったので、約1時間で登山道と合流できた。さてここからはスノーシューの出番だ。ザックを降ろしてびっくり。「あれー」スノーシューがない。どうやら途中で落としてきたらしい。これは困った!どうやら上の方で灌木(かんぼく)にひっかかり落としてきたようだ。拾いに戻るにはまた、2時間以上かけて登り返さなければならない。5年も使っていて愛着のあるスノーシューだが、谷底に転がり落ちている可能性もある。今から戻っても回収できるとは限らないし、時間もないので泣く泣く回収を断念し帰路についた。
 次の週の土曜日の夕方に電話が鳴った。「金丸さん、拾ってきたよ」と山友達の声が弾んだ。先週、ホームページの掲示板には、スノーシューをなくしたことを書き込んでおいたわけだが、どうやら私と同じコースをたどって、落としたスノーシューを見つけてくれたらしい。もう回収は諦めていただけに、本当に嬉しかった。持つべきものは、「友」である。


2007年1月30日

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