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2010年3月21日22日 日出ガ岳(大台ヶ原)尾鷲道

 

日出ケ岳(大台ヶ原山)2010年3月21日ー22日 No.536 uttyさん、M田くん、rinちゃん、隊長
〜尾鷲道で日出ケ岳をピストン〜
【1日目3月21日】
栃山林道駐車地(10:30)〜地蔵峠(11:12)〜又口辻(11:52)〜(12:35)神明水(12:41)〜新木組峠(13:06)〜(13:36)木組峠(13:56)〜野営地(14:33) GPSデータ 7.5km、+650m マブシ領をピストン1km、+-200m
【2日目3月22日】
野営地(5:40)〜(6:02)マブシ領1410m(6:11)〜P1362(7:00)〜尾鷲辻(8:31)〜(9:18)日出ケ岳1694m(9:45)〜尾鷲辻(10:19)〜(10:50)堂倉山(11:01)〜P1362(11:53)〜(12:41)マブシ領1410m(12:50)〜(13:14)野営地(14:00)〜(14:40)木組峠(14:50)〜東尾根降下点(15:04)〜林道終点(15:45)〜地蔵峠(16:17)〜駐車地(17:04) GPSデータ 23.8km、+1700m、-2100m
悪天候により予定していた出発が遅れ、結果として、二日目の行程がきつくなってしまった。しかし、今回のメンバーは、テント山行のベテラン揃いだったので、全行程をスマートにまとめてしまった。初日は風と黄砂のために撮影取材が困難だったが、二日目は好天に恵まれ、ロングトレイルを無難にこなすことが出来た。誰もいない日出ガ岳は今回が初めてだったが、気兼ねなく散策することが出来た。

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プロローグ 三重県側から県最高峰の日出ガ岳に登るルートはいくつかあるが、大杉谷渓谷が通行不可となっている現在、大台林道を使うか、栃山林道を使って尾鷲道をたどるかが、有力候補となっている。もちろん、奈良県側からドライブウェイを使うと観光気分で山頂を散策できるが。
 三重県内の山への登頂はほとんど、日帰りで登れる山ばかりだ。その中にあって、泊を伴うロングコースがあってもいいと思い、尾鷲道を選択した。最近では栃山林道がよく整備され、橡山の北側にある水無峠手前までは舗装されており、さらにその先も未舗装だが乗用車で、清五郎滝降下ポイント付近までなら進入が可能だ。古くは古和谷ルートが使われていたようだが?。
 このコースは、以前は地蔵峠から稜線にかけてスズタケのブッシュがあったようだが、今は枯れていて大変歩きやすくなっている。主稜線まで上がれば、展望の良い落葉樹林が大台ヶ原まで続いている。シャクナゲ、シロヤシオ、アケボノツツジなど花木が多い。比較的アップダウンが少ない。野営適地が多い。ピストンしなくても、大台ヶ原から公共交通機関が利用できるなど、評価できる点がいくつか思い浮かぶ。逆に、歩く人が少ないので事故などがあったとき遭難になる。水場が水量の少ない神明水だけなので、やいする場合は水の確保が課題となる。距離が長いなどの課題もある。

アプローチ 国道42号線の銚子橋から川沿いに木津(きつ)の集落へ向かう。そこから橋を渡り又口川にそって少し入ると、栃山林道の入り口がある。国道425号線のクチスポダム付近へ抜ける道は依然、林道入り口で通行止めになっている。この山域は2度目の山行になるので、迷わずに栃山林道に飛び込んだ。すると先ほど通行止めの手前で停まっていた白色のCR-Vが後を付いてきた。他県ナンバーで、どうやら観光ドライブで来ているようだが、どこまでも我々の後を付いてくる。たぶん迂回露だと思い違っているふしがある。案の定、終点から引き返すことになった。

 
ミツバツツジ         栃山林道

栃山林道だが、清五郎滝分岐を過ぎたところで両サイドからの崩壊が激しい。辛うじて通行が出来るが、落石で帰れなくなるのが心配だったので、清五郎滝分岐の手前に駐車した。準備を済ませ歩き出す。標高が900mを越えているがすでに、ミツバツツジやコブシが花を開いていた。赤茶けた冬色の山肌に、春の気配が感じられた。

 
清五郎滝降下点         コブシ

装備等 さてここから地蔵峠までは約40分の林道歩きになる。秋以来のテント装備の重量に、少しからだが戸惑っている。重たいのか軽いのか、感覚が戻るまでに少し時間を要した。身体が温まるにつれてエンジンが始動し始めた。今回の参考は最初から水の確保が課題だったので、念のためにペット2本と2リットルの水を持参している。カメラのレンズの本数を抑えた。食料は適当に二日分(行動食は別)で、シュラフは冬用を準備した。


地蔵峠

地蔵峠 さて地蔵峠に到着した。一息入れ、固定ロープに掴まりながら、登山道まで上がる。雨の後なので足もとが悪い。登りはじめは急傾斜にたじろぐが、やがてなだらかになり、道幅もあるしっかりとしたコースになる。登山道や杣道というよりも、昔の生活道路の感がある。さて、この先にある標柱だが、間違った「又口辻」という表記になっていたので、先日zippさんが訂正したところだ。「又口辻」はこの先の分岐が正しいだろう。


古和谷(廃道?未確認)への標柱

神明水の東のピーク(中ノ嶺)には、二等三角点(点名:西原、所在地:吉野郡上北山村大字西原)が埋標されている。埋標は明治35年1月3日だが、観測が昭和51年9月5日となっている。二等三角点の記の備考には、「尾鷲市より古和谷を経て大台ヶ原に通じる登山道がある。自動車道路の終点より沢伝いに登山道を北進約4kmで神明水(水くみ場)がある。更に登山道を北進約50mも小沢を西進すると山頂の本点に達する」と書いてあり、要図には上の写真の所に出るようになっている。

 
私設丸太橋           石積み

神明水 地蔵峠から適度に休憩を挟み、約1時間20分で神明水に到着した。野営地をマブシ嶺手前と決めていたので、時間にゆとりがあり、ゆったりペースで歩いた。さて神明水だが、降雨後だったので、心配していた給水も問題はなかった。ここで1リットル追加する。寒冷前線通過で気温が上がらないと予測し、1リットルに押さえることにした。これで気温が上がれば、もう1リットル追加する必要があるだろう。


神明水

木組峠 又口辻から新木組峠までは、中ノ嶺のトラバースになっていて風裏だったので、強風は意識しなかったが、新木組峠で稜線尾根に乗るや、強風にさらされることとなった。また天気予報通り黄砂もあり、マブシ嶺が霞んで見えている。ここからは強風に大きなザックを煽られ、よたつきながらの厳しい稜線歩きとなった。撮影するゆとりもなかった。約30分で木組峠に到着した。実はここで三人とはぐれた。最後尾を行く私は、強風を避けるためにトラバースコースを採ったときに、どうやら三人を追い越してしまったようだ。稜線に登り返しても来ないので、間違えて東尾根に入ってしまったかと案じたが、どうやら遅れた私を捜しに戻ったみたいで、かえって心配かけたようだった。先に木組峠に降り、みんなが来るのを待った。「木組」だが、奈良県側に木組谷があり、松浦武四郎の乙酉掌記の絵図には木組村がある。その源頭のある峠なので「木組峠」というのだろう。


新木組峠


マブシ嶺 黄砂で霞む

    
稜線のヒメシャラとブナ、ミズナラ

時計を見ると14時前だった。本日のマブシ嶺手前の野営予定地まではもう少しだ。風は依然として収まらないが、青空が見えだした。落葉樹林に太陽が降り注ぎ、春の力強さが感じられた。


木組峠を後にする


稜線のブナ、ヒメシャラ林


一本木

野営地 峠の北のP1245を越え、少しくだったところが一本木と呼ばれる、痩せ尾根の鞍部だ。なぜ「一本木」と呼ばれるか、訳を知りたい。一本木から少し登り返すと、P1216があり、落葉樹林が広がったところに出る。少し時間が早くもう少し進めそうだが、ゆとりをもってここを予定通り野営地とした。強風で広葉樹林が唸っているが、木々が風を遮ってくれるので、テントの設営には何の支障もなかった。設営後倒木に腰をかけ、ビールを飲みながらまったりとした時間を過ごす。何にも縛られず自由な時間が持てるのは、テント山行の醍醐味だろう。ただ気になったことは、テントのすぐそばに飛行機の翼の残骸が落ちていたことだった。


軽飛行機の残骸


野営地

  
野営地から見上げるマブシ嶺

マブシ嶺の日没 日没の撮影がしたかったので、私だけ、日没の時間に合わせてマブシ嶺に登ることにした。まだ黄砂の影響が収まらず、撮影条件は悪かったが、日帰り山行では味わえない情景を楽しめた。日没とともに気温が下がり、ダウンの上にカッパを羽織り、防寒してマブシ嶺を降りた。


夕暮れマブシ嶺

  
マブシ嶺三角点


夕日に赤らむマブシ嶺

 
マブシ嶺から見る日没

 野営地に戻り、皆と談笑してからテントに入った。冬用のシュラフを持ってきたので、中に潜り込むとすぐに身体が温まり、8時過ぎに眠りについた。

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